スティーヴンはそう言って、ポケットから小箱を取り出した。
愛おしそうに妻を見つめる、優しい瞳。
サマンサの頬が、みるみるうちに上気していく。
そしてスティーヴンは小箱を開け、指輪をサマンサの薬指にそっとはめた。


さっさと書いちゃえばよかった。
『コパカバーナ』博多座千秋楽。
いろんなアドリブが飛び出して、すっごい楽しい千秋楽だったんだけど。
いつものよーに更新グダグダしてるうちに、あちこちで報告上がってしまったから。まあ、ジュンタ・クオリティでゆっくり書こうかと。
ほんとにさっさと書いちゃえばよかった。今書くと、あの場面違っちゃうって。

千秋楽の何に感動したって、そりゃあ最後の指輪です。
いつもの台詞は「結婚5周年おめでとう」。そのあとに続けられた、この日誕生日だったるいちゃんへの、かしちゃんのアドリブ。
それを言うかしちゃんの顔が、それはそれは優しくって、かっこよくってねえ。
正しく王子さま!
それを聞くるいちゃんの顔が、「ああ、女の子ってしあわせなときにこんな顔をするんだ!」って見本みたいでねえ。
ぽわ〜っとのぼせて、涙目になっちゃって。
そりゃそうだよね、自分がトップ娘役になって、そのお披露目公演の千秋楽が誕生日で、ダーリンにサプライズで指輪を贈られてみ。しあわせでしあわせで泣いちゃうよお。
客席の私たちも、しあわせでしあわせでうるうるしちゃって。
あの場面、一生忘れられないね。みんなでそう言っていたの。

『コパカバーナ』のキモは、ローラを捜す、ローラと呼び合うスティーヴンにあると、私は思っている。
スティーヴンのシンセサイザーがローラを生み、トニーを生む。そして彼らは愛し合う。
窮地に陥ったローラは愛するトニーを思い、彼の名を呼ぶ。ローラを捜すトニー、そこにスティーヴンが重なってくる。
トニーとローラ、スティーヴンとサマンサ。それは名前を超え、時空を超えて。
存在するのは、お互いを愛し求め、呼び合う男と女。
その愛でトニーはローラを救い、その愛でふたたびスティーヴンがサマンサに辿りつく。
あの千秋楽に、トニーとローラ、スティーヴンとサマンサ、さらには貴城けいと紫城るい。すべてを超え、呼び合う男と女をそこに見た。
辿りつくべき相手を見つけ出した、美しい2人の幸福な未来に、私たちは酔った。

美しい夢だと思っていたの。真っ白な夢だと思っていたの。
新しい宙組を、何も知らない私たちは夢見たんだって。

あのとき、2人の中でカウントダウンはとっくに始まっていたんだ……。

そして、来年の今日の誕生日には、もうお互いこの場所にいないということ……。

指輪にこめられた、もっと重い意味が解ってしまった今。
あの場面を思い出すだけで、泣けてくる。

昨日のかしちゃん退団発表の時点で、恐らくるいちゃんも同時だろうと予想はついた。
でも、現実に発表になってみると、本当に辛く悲しい。

最初から、すべて台本は出来ていたのだ。

かしちゃんもるいちゃんも、特にるいちゃんは公演中にすごく痩せてしまった。
それはトップお披露目のプレッシャーでかと思っていたけれど、彼らはもっともっと多くの思いを抱えて、あの公演を務めていたのだ。
何故、そんな思いをさせる?
誰が何のために、彼らにそんな思いをさせるんだ?

どんなに最低でも2作。
1作トップなんて、絶対にダメだ。

千秋楽最後のご挨拶で、流れ落ちそうになる涙をグっとこらえて下を向き、次に顔を上げたときはパーンと弾けた笑顔を見せてくれたかしちゃん。
終始うるうるしていたけれど、でも笑顔だったるいちゃん。

新生宙組の未来に酔う観客の前で、何も言わず、何も言えず。

むしろ、ボロ泣きなんかできなかったのかもしれない。意地でも。

月組東宝千秋楽の翌日には、大勢の月組子が博多座に来てくれた。
あさこちゃんやゆーひちゃんは、このことを知っていたのだろうか。
前楽は雪組組長のナガさんが来てくれた。かしちゃん、すっごく嬉しそうだった。
ナガさんは知っていたのだろうか。
知っていたとすればそれはそれで、知らなかったなら今。
どんなに苦しい気持ちだろうか。
退団した元雪組子のキブナオちゃんたち、私、真後ろの席で観たんだ。
「きゃあ、かしげさあん!かっこいい〜!楽しい〜!」って大騒ぎしていたよ。

多くの弊害を生むことが明らかなのに、また1作トップという悪道を作る劇団の本意がまったく理解できない。怒りだけがこみあげる。

私たちにできることは、2人のお披露目サヨナラ公演を心から応援すること。

そう解っていても、切り替えるには私はまだ時間がかかりそうだ。

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