私は基本的に、反射神経が鈍い。さらに好奇心旺盛……などというと聞こえがいいが、始終あっちにもこっちにも目が泳ぐ。
このふたつが組み合わさると、ときとしてエライ目にあったりする。

大昔。
幼稚園の卒園式の日のことだ。
おさなごころにも、そのハレの日の朝はすがすがしく、私は誇りを持って家のドアを開けた。

空が美しかった。

絵に描いたように青かった。

私の足は、前を歩く母を追っていた。しかし、目は青い空を追っていたのだ。

結果、芝生の柵にドっつまづき、ものの見事に転倒。しかも顔から。
空ばかり見ていたから、おそらく顔が前に出ていたのだろう。頬からダラダラと血を流す羽目に陥った。
ほどなく血は止まったが、私の頬には大きな新品のかさぶたができていた。

傷の痛みよりも、心の痛みで泣いた。
なぜハレの卒園式に、かさぶたを作ったこんな不細工な顔で臨まなくてはならないのか。(自分のせいです)
もっとも私は、顔にかさぶたなどなくても不細工だ。だが幼い私は、まだその厳しい現実になど、気づいてはいなかった。

卒園式では、クラス毎に記念写真を撮る。卒園証書の入った筒を、皆で胸の前に斜めに揃えてポーズをつくる。
かさぶたをなんとか隠そうと、私は必死だった。

シャッターが押されるその瞬間、私は肘を張り、顔の前に筒を揚げた。そう、私は必死だったのだ。

我が家のアルバムには、一人で顔の前に卒園証書を揚げた奇妙なポーズの、しかもその位置は高すぎてなんの意味もなさず、かさぶた丸写りの哀しき幼い日の私の姿が……しっかりと記念写真として残されている。

あれから、んん十年。
そんな私も、大人になった。(むしろ、なれた)

花組千秋楽。私は仲間との待ち合わせ場所に、足早に向かっていた。
クリエの前に差し掛かったとき、ふと劇場側に目をやった。そこでは、券出しの準備が始まっていた。
そうか。今日で宝塚を卒業するかりやん、みほちゃん。
それから、各会の皆さん。
ほんとうにお疲れさまです。暑い夏だったよね。

ふと。のはずが、どうやら私は横を向きすぎていたようだ。歩くスピードは緩めず、目線は横のまま、正面からものすごい勢いで。

クリエ前の立ち木に、ドスンと激突した。

きっちりと、身体の真ん中に木が入った。
胸骨が、気のせいがギシっと鳴った。
その場で絶叫しそうになるほど、痛かった。

叫びたい。しかし叫べない。なぜなら、そのとき私は一人だったから。
幼稚園のときと違って、泣いても叫んでも相手をしてくれる母は、ここにはいない。

周囲から笑い声が起こっている。

なんのことかしら?私はなんともない、そうよ痛くなんかないわ。え?立ち木?ぶつかった?見間違いでしょおほほほほほ。だって私は全然平気。

という顔をして、待ち合わせの店に入った。
ここまでが限界だった。

「痛いっ、痛いっっ……」

あらわれたとたん胸骨を押さえて呻く私に、緑野さんとkineさんの生温い視線が注がれた。
その視線も痛かった。だが、私の胸骨は。

もっと痛かったんだよおおおおおおっ!!

「骨が折れてるかもしれない骨が折れてるかもしれない骨が折れてるかもしれない骨が折れてるかもしれない骨が折れてるかもしれない骨が折れてるかもしれない」
あまりの痛さにそう呟き続ける私に、いつも冷静なkineさんが、今日も冷静に答えた。
「骨折なら動けませんよ(冷静)」

だな。

「ぶつかる人なんているはずないって前提があるから、あんなとこにポツンと木が立ってるんだよ!どうやったら、あんなもんにぶつかれるのよ?!ねえってば!」
緑野さん、仰ることはもっともだ。

だが。

それは私が、いちばん知りたい。

そんなこんなで、私の花組千秋楽の一日は始まった。
なんだかとても自分が哀しくなってきたので、この続きはまた明日。
(ええええええっ?!)(コレ、イッタイ何ノ日記???)(サァ?)

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