「事件が。起こったんです」

十輝いりすは、開口一番そう言った。「事件」だと。

「事件」

ただごとではないその言葉の響きに、東宝前にいたギャラリーの間にも緊張が走った。
「事件」
事件、とは。

十輝いりすは、そんな緊張した空気などにはおかまいなく、ゆっくりと言葉を続けた。
ゆっくりと。ゆっくりと。ゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくり……。………。

以下はすべて「まさこの声とテンポ」で読んで欲しい。
文字などでは到底あらわしきれないその「まさこ感」は、申し訳ないが脳内補填して欲しい。


「今日、『スペインの花』で、ですね。あのう。早替わりなんですけどあそこ。
あ、えーと。早替わりというのはですね、仕組みがありまして。
帽子の、ここのところ(耳元)がマジックテープになってまして。
それで早く着替えられるようになってるんですけど。
あ、えーと。
今日は事件で、そのマジックテープの仕掛けが剥がれちゃったんです」

事件……(笑)。

「それでですね、帽子が取れそうになっちゃいまして。
もう慌ててものすごい勢いでくっつけようとしたんですけど、手は。
(あわわわわわわわわわわわわ、とマジックテープを慌ててくっつけようとする手の様子を、路上で熱演)(熱演のあまり、お口はぽかんと開いている)
でも、とりあえず足はものすごい勢いでステップ踏まなくちゃならないし。
(たたたたたたたたたたたた、とものすごい勢いでステップを踏む足の様子を、手で熱演)(熱演のあまり、お口はぽかんと開いている)」

ひとつ思ったのは、まさこちゃんの喋りはあんなにもゆっくりまったりしてるのに、同時に実演される手の動きは、たとえそれが路上であってもキレっキレなんだな、ということ。

「もう大変なことになっちゃいまして、はっはっはははは。
こうやって(マジックテープ直しさらに熱演)直してたんですけど、全然直らなくて。
最後には、まだフィナーレじゃないんですけど、フィナーレみたいに帽子を袖に投げるしかない!みたいなことになっちゃって、はっはっはははは。
どうしようかと思ったんですが。

えーと、なんとか直りました!(笑顔)
そしたら音乃いづみに……あ、今日、音乃いづみが観にきてたんですけど、それで音乃いづみに。
『まぁちゃん器用だね』って褒められましたあ、はーっはっはははは」




まさこのかわいさのあまり、路上で吐血。


まさこちゃんは天使なんだと思うの。

わたしにしあわせをくれる、天使。


あ、まさこちゃんが語るみきちゃんの言葉は若干物真似入っておりましたが、それはやっぱり「ちょっとキっツい(笑)音乃いづみ」風味な醒めた声だったことを、付け加えておきますわ。

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